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Eri

治療終了のメンバー

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治療終了のメンバー

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【運営】非営利NPO法人5years
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【年代】50代

【都道府県】海外

【職業】無職

【自己紹介】

ロンドン在住です。2020年1月に卵巣がんステージⅣ(漿液性がん)と診断されました。
会社員でしたが、現在は休職中です。(2021年1月、パートタイムとしてテレワーク復帰しました。)
今までの人生で大きな病気、入院をしたことがない中、異国での初体験が続いています。
今まで、余りにも癌に対して無知で、日本ではどのような治療をしているのか、皆さんはどんなことを心に想い、戦っているのか。
教えていただきたくて登録しました。

【ご登録時の状況】

2019年12月中旬より腹水による腹部膨満で年末より検査入院、2020年1月に卵巣がんステージⅣと診断されました。
現在、TC(Dose-dense)療法で3クール終了(副作用による白血球減少のために遅れ気味)、
腹水は検査入院中に4L抜き、その後も腹ガスで膨満していましたが、化学療法開始後1週間で、平常状態に戻りました。
3クール終了後、腫瘍マーカー(CA125)も16000代から14にまで下がり、CTスキャンの結果とも合わせて状態が改善したため、開腹手術の予定。
が、コロナウィルス蔓延のため、化学療法を1クール追加して病床の空きを待つことになりました。

(2021年1月更新)
4クール目終了後、予定していた病院はコロナ患者で逼迫していたため、同系列の病院で手術を受けることに。
コロナ検査を行い、2週間の自宅謹慎の後、6月末に腹式子宮全摘いたしました。
こちらの慣習に従い、6日目に退院(食事が取れ、自力で歩け、お通じが出れば退院)、2週間後の7月末から化学療法を再開、9月中旬に全6クールの化学療法を終了しました。
開腹手術時点で、目に見える癌が認められなく、その後のスキャンでも引き続き見当たらなかった為、10月より分子標的治療薬ベバシズマブ(アバスチン)単体投与に切り替え、3週間ごとに1年間続ける予定です。

PICCカテーテルへのアレルギー反応、アバスチン投与後の発疹、疲労感、関節痛などありますが、総じて大きな問題もなくCA125も8−9辺りを2021年1月現在保っています。
目下、英国ではコロナが猛威を奮っていますが、会社では自宅勤務制をとっている為、時短、パートタイムからの仕事復帰に向けて、動いているところです。

(2022年6月更新)
3週間ごとに1年間、分子標的治療薬ベバシズマブ(アバスチン)単体投与を続け、2021年10月に終了。
CA125もずっと8,9を保っていることから経過観察(こちらでは3か月に1度の血液検査と問診、1年に1回のCTスキャンだそうです。)に入ることができました。

仕事面では約1年の休職期間を経て、2021年1月よりパートタイムで仕事に復帰しました。(自宅勤務)
休職期間中の会社の買収、それによる組織変更、会社のシステム変更、元々の外回りの仕事を自宅からすることによる職責変更という外的要因と、いわゆるキーモブレインの症状のような、集中を欠く感じ、以前は自分を鼓舞しながらできていたことができなくなり、総じて以前にも増して、強くストレスを感じる毎日となりました。
考えてみれば、私が足掻いていたように、会社も上司も同僚も会社の買収とコロナという未知の境遇で、手探りな状態だったのだと思います。
渡英して14年働いていた会社ではありましたが、2021年11月に自主退職しました。

【思うこと、考えること】

仕事を休職し闘病生活に入った頃、ステージ4へのショックもさることながら、自分でコントロールできない治療生活に何か焦燥感のようなものもありました。
治療を私の仕事と考えることにしよう、一歩一歩、目の前の事に集中して、治療をこなしていこう。
コントロールできないことではなく、自分でコントロールできるものに集中しよう。
でも仕事と同じように、治療に自分の全ての人生を乗っ取られるのではなく、人生の主導権を自分の手に取り戻し、思いの外短いかもしれない自分の人生をできるだけ楽しむ努力をしようと言い聞かせました。
自分の思いを紙やノートに書くと(後から全く読めないぐらい、書き殴ってるだけですが。。)黒い感情を書くとそれは薄れ、良いことを書くと、しみじみ嬉しくなることを見つけました。
2020年は闘病やコロナがありましたが、たくさんの人との繋がり、意外と勇敢な(笑)自分を発見でき、思いの外、濃い、生きている実感のある1年でした。
この先どんなことになろうと、2020年は私の人生で宝物であった。と今、ここで書いている自分にびっくりしています。笑

(2022年6月更新)
登録時の状況にも更新しましたが、1年の休職期間を経て、パートタイムで復帰したものの、10か月後に、自己退職しました。
仕事に対するストレス耐性が低くなっている。と感じました。

21年11月、経過観察に入る際に、主治医から「あなたを平常の生活に戻してあげることが私の目標だった。それができて本当に良かった。」と言われ、
(その後彼女はスペインに一人暮らししている母親を介護するために、退職するということで、それが最後の挨拶でした。)
せっかくそうしてもらえたのに、仕事を辞めようとしている私って。。と、罪悪感を感じました。

退職して約6か月。アラームで起床することもなくなり、日本にも1か月以上、里帰りすることもできました。
毎日を無為に過ごしているような、それともこれが「生活」なのか。
治療に入る前に、進行卵巣がんは5年以内の再発率が80%と言われました。
それまでに何ができるのか、したいのか。こんな質問を自分に投げかけるのは20代以来のような気がします。

【その他】

[既婚/未婚] 既婚

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