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ダンボ

治療中のメンバー

ダンボ

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【生年月日】1946年12月04日

【都道府県】東京都

【職業】無職

【自己紹介】

 私は2010年に肝臓がんと悪性リンパ腫(濾胞性)が見つかり、その年の12月末に10時間以上にわたる肝臓がんの手術をしました。
 幸いなことに手術の執刀にあたったのは、日本一の肝臓外科医の先生でしたので、安心して手術に臨むことができました。
 ただ、手術は成功しても術後の手術痕の痛みは酷く、また、身体の自由が利きませんでした。
 そのような状態で、翌年の2月には悪性リンパ腫の治療にあたり、リツキサン投与を受けるための入院をし、かなり難儀な思いをした憶えがあります。
 肝臓がんの発症は、C型肝炎が原因でしたので、そのC型ウイルスを除去するために、ペグインターフェロンとリバビリン併用の注射を1年間受けました。
 結果は、投与後1カ月でC型ウイルスは消去し、その後の検査でも検出されませんでした。
 何故、もっと早くウイルス除去の治療をしなかったのかと後悔をしたほどです。
 ウイルスは除去されても、2013年には、肝細胞がんが再発し、医師には再手術を受けるように言われましたが、
外科手術を避け、転院して内科手術のラジオ波焼灼術にて治療しました。
 この転院をしてラジオ波焼灼術を受けるという選択は、かなり難しい判断で、がん闘病期の大きなターニングポイントだったと思います。
 また、2015年の4月には、悪性リンパ腫が再発し、リツキサンとベンダムスチンの投与を半年間にわたり受け、完全寛解しました。
 しかし、投与終了と同時に3度目の肝細胞がんが発症し、再びラジオ派焼灼術を受けて、がんを除去しました。
 そして昨年(2016年)は、がん発症以来、初めて病変のない年になると思いましたが、期待通りにはいかず、4度目の肝細胞がんが10月末に発症しました。
 
 私は、初めてのがん発症から昨年までの6年間で9回の入退院を繰り返し、私なりのドラマがいくつかありますが、今回は、この4度目の肝細胞がんの治療時についてのエピソードを記述します。

 担当医の先生は、「今度の肝細胞がんは前回(2015年10月発症)と同じような箇所の横隔膜の近くに2㎝以上のがんがある。同箇所に再び僅か1年で、がんが発症するのは、その箇所にがん細胞の病巣があり、
それを完全に取り除かなければいけない」と言い、ついては11月の入院で肝動脈化学塞栓術の施術を受け、12月に再入院をして、ラジオ波焼灼術を受けた方がよいとの結論になり、異なる内科的手術を2回に別けて受けることになりました。
 早速、入院をし、最初の肝動脈化学塞栓術の施術に臨みました。
 同手術は、足の付け根の動脈からカテーテルを挿入し、抗がん剤の投与をするために肝臓内の細い動脈に進めます。しかし、なかなかカテーテルが巧く進まない。血管が細く曲がりくねっているために、カテーテルが通らないのです。
 担当医の先生は、経験も技術もあり、信頼できる先生です。それでもどうしても巧くいかず、そして、2時間以上にわたり、カテーテルを通そうと奮闘しますが、結局巧くいかず手術を終了しました。
 手術後、担当医の先生は、「肝臓内の動脈があまりにも細く曲がりくねっているために、カテーテルが通らず肝動脈化学塞栓術の施術は無理なので、がんの病巣の完全な除去はできない」と言い、再び私が、最初に肝臓外科手術を受けた病院に戻って手術を受けた方がよいのではと打診され、私が受けた肝臓がん切除の名外科医の先生に紹介状を書くからと言われました。
 私は、即答をしませんでしたが、その後の診察で「再び外科手術を受けるのは、厳しいので、早く死んでもよいからラジオ波焼灼術の施術だけをお願いします」と答えた。
 そして同手術を1週間後に受けることになりましたが、担当医の先生は、私が返答した直後に、ある学会に参加して、その学会の発表を受けているなかで、新しいカテーテルを見つけてきました。
 それは、動脈内のある一定のところまで進めたら風船のようなものを破裂させて、その勢いで抗がん剤を肝細胞の病巣に投入する方法らしい。
 それを使えば、私への手術でも巧く対応するのでは考え、再度、私は肝動脈化学塞栓術を受けることになりました。
 当日の施術では、前と違う柔らかいカテーテルを使い、動脈内を進んでいき、肝臓内の細い動脈内にきて、進入を試みたらなんと今回の前回と違うカテーテルは、曲りくねった細い動脈にも入っていき、抗がん剤の投与とがんの病巣につながる動脈の塞栓をし、手術は成功しました。
 学会で見つけた新しいカテーテルを使わずに無事に手術を終えたのです。先生も手術の成功をとても喜んでくれました。
 
 そして、12月に入って、3度目のラジオ波焼灼術を横隔膜の近くで、それなりに際どかったのですが、無事に手術を終えました。
 後日、外来の診察において、術後の造影CT検査の結果を、2回の施術をしてくれた担当の先生から「病変はない」との診断を受け、2度目の肝細胞がんの治療を終えました。
 先生は、私の2度目の肝動脈化学塞栓術で使用したカテーテルは、私で成功してからいつも施術時には使用しているとのことでした。
 私は、話のついでに「ところで学会で先生が見つけた新しいカテーテルは使われたのですか?」と聞いたところ、「実をいうとあのカテーテルは、不具合があり、私が1回も使わないうちにメーカーより回収された」と言われました。
 私は、診察室を出た後、呆然としました。なんという運命のあやだろう・・・もしも、先生が学会で新しいカテーテルを見つけなかったら、もしも私が外科手術を選んでいたら・・・など。
 至極わずかな運命のずれで、私は再度の肝動脈化学塞栓術を受けることなく、別の結果で大変な苦労をしていたかも知れないのです。
 このように人間の運命は、どのようなことで、どの方向に流れ、どのような結果になるかもしれないということを改めて痛感しました。
 
 私は、初めてのがん宣告を受けてから7年近くが経ちますが、その期間に様々な経験をし、多くの思いを持つことになり、万感胸に迫ります。
 9月末に、肝臓がんと腹部悪性リンパ腫の造影CTによる定期検査があります。
 その結果を知るま日では、心身ともに充実した日々を送ろうと期しています。
 先月は、かねてから旅行に行きたかった北海道知床に行ってきました。
 天候にも恵まれ、素晴らしい景観と情緒を味わい、とても心が癒されました。
 
 私は、よく周りの人たちから「〇〇さんは、がんで大変な思いをしているのにどうしていつも明るく元気で
楽しそうにしていられるのですか?」と言われます。
 私自身もどうしてだか、よく解らないので、「生来の楽天家で、ノー天気なだけです」と答えています。
 死亡率が高い肝臓がんと悪性リンパ腫で7年近く70歳まで生き、どこかで自分の人生を自由に充分に生きたという気持ちがあるからでしょうか。
 そして、明日がどうなるか分からない今、今日を大切に思い切って生きようと思っています。
 私は、何か、がん患者になってから濃い人生を歩んでいるように感じています。
 今、日々の生活を過ごすうえで、心に強く感じる言葉があります。
 それは『今日が一生』です。

【ご登録時の状況】

12月に4度目の肝臓がんの治療を終え、今は普通の生活をしていますが、肝臓がんは再発の可能性は多分にあり、悪性リンパ腫も現時点の医療では、進行を阻むことはできませんので、現在を思い残すことなく生きるよう心掛けています。

【思うこと、考えること】

闘病生活を通して、普通に生活していくことが、いかに素晴らしく幸せであるかを痛感しました。

【その他】

[血液型] B型

[星座] 射手座

[趣味・特技] 映画、音楽、旅行、著述

[既婚/未婚] 既婚

[長所] 楽天的

[好きな動物] 馬

[好きな食べ物] 芋、豆

[好きな色] 白、黒

[好きな季節] 春

[好きな音楽ジャンル] ジャズ、シャンソン

[ブログ] https://www.facebook.com/hiroshi.ishikawa.5059http://ameblo.jp/hirodumbo04/

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肝臓がん


病歴・治療歴

2010年10月:悪性リンパ腫(濾胞性)

2010年10月:肝臓がん


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