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藤田理代

治療終了のメンバー

藤田理代

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【生まれた年】1984年

【都道府県】大阪府

【職業】ZINE作家

【自己紹介】

ZINE(手製本)作家。

2014年、29歳の時初めての妊娠で絨毛がんになり、流産・手術・抗がん剤治療を経験しました。AYA世代の経験者です。

大学時代に社会福祉を専攻していて、死生学などを学んでいたことが病と向き合う助けになりました。

それでも、がんになったこと、若くしてがんになったこと、婦人科のがんになったこと、流産をともなうがんになったこと。どれも語りづらく、抱え込むものが多く、つらい経験でした。

寛解後は、フリーランスで制作の仕事を続けながら「記憶のアトリエ」という本づくりの移動アトリエをひらいています。

その他にもがん経験者として研究や取材への協力、病院のがん患者サロンのボランティア、国立がん研究センターの「患者・市民パネル」など……医療・福祉の専門職の方々と協働し、専門職以外の関わりとしてできることを模索しながら活動を続けています。

※治療終了から随分あとに5yearsを知って登録したので、今まであまり何も書けずにそっと居たのですが……オフ会に参加して色んな方と出会えてぐっと身近な場になりました。これからもよろしくお願いします。

【ご登録時の状況】

2014年、絨毛がんで流産・手術・抗がん剤治療経験。治療終了から3年経ちました。

がん発症時はWeb制作会社に勤めていましたが、動脈からの大出血で緊急搬送されてそのまま入院治療となり退職。

寛解後はフリーランスで、ライティングメインのメディア制作の仕事を中心にスタイルを変えて働きつつ、「記憶のアトリエ」という本づくりの移動アトリエをひらいています。

【思うこと、考えること】

治療中や寛解間もない頃は、立ち直ろう、元通りになろうと必死でした。でも、自分ひとりではどれだけ越えようと思ってもすぐには難しいものもあれば、忘れようとしても疼くものもあり、心を保つことの難しさを痛感しました。

そんな状況から一歩踏み出す力をくれたのは、がんになってから出会ったたくさんの経験者の方々でした。同じような経験の方と語り合うことで和らぐ不安や孤独もあれば、異なる経験や立場の方々と出会うことで広がる視野もある。一人ひとりとの出会いから、生きなおす力や思いやる力をいただいたように思います。

経験者が抱え込みがちなことを小さく打ち明けながら、ともに見つめてくれる専門職の方々と考える日々です。

【その他】

[趣味・特技] 取材、撮影、執筆、手製本

[既婚/未婚] 既婚

[好きな色] 白

[ブログ] https://michi-siruve.comhttps://note.mu/michi_siruve

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絨毛がん

この病気のエピソード
診断される半年前に身内をがんで亡くしていたので、何かカウントダウンがはじまったような気持ちでした。 今後の医師や家族との連携の仕方、終末期も含めた治療に対する自分の希望、親戚や職場・友人知人への伝え方など、診断翌日にはまとめて夫へメッセージを送り、相談しながら一つずつ決めて治療を乗り切りました。

病歴・治療歴

2014年01月:妊娠

2014年02月:流産。かかりつけ医で掻爬手術。胞状奇胎の疑いでフォローの対象に。腹痛、息苦しさ、吐き気が日増しに強まり歩行もつらくなりはじめる。

2014年03月:腫瘍マーカーが急上昇し大学病院へ。翌日の入院が決まるも、帰宅後子宮外壁動脈からの腹腔内出血で搬送・緊急手術→子宮と両肺に病変あり→手術翌日から抗がん剤治療8クール(途中、病理検査の結果絨毛がんと診断)

2014年07月:副作用による治療延期もあったが、抗がん剤8クール(5日間投薬、9日間休薬を8クール)で腫瘍マーカー感度以下になり寛解。

【関連のエピソード】
抗がん剤治療がかなり効くようになり治療成績は良いという絨毛がんですが、悪性度が高く、進行・転移の早いがんだそうです。わたしは妊娠性絨毛がんでしたが(非妊娠性もあります)妊娠が原因というやり切れなさに随分苦しみました。 転がり落ちるように悪化した体調。空っぽのお腹で吐きながら、妊産婦さんと空間を共にしなければいけなかった入院通院中のつらさ。自分の心身の状態でもう一度妊娠に向かえないことに関しての申し訳なさ。表面的な弱音はこぼしても、本当の悩みはずいぶん長いこと言葉にもできませんでした。 もし同じような境遇で治療中の方や、治療というサポートを外れて孤独の中にある経験者の方がいたら、こんな風にぐらぐらと悩み続けながらも前を向いて生きている経験者もいるので大丈夫。とお伝えしたいです。