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アリスのパパ

治療終了のメンバー

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【運営】非営利NPO法人5years
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【生まれた年】1953年

【都道府県】宮崎県

【職業】定年で退職し年金生活

【自己紹介】

2001年1月に左の上顎腫(上顎洞がん)と診断され、抗がん剤療法、放射線療法と、3月に上顎とリンパ節・首の筋肉を含めた周辺の摘出手術を受けました。
ですから、左のほお骨と上あごの骨と上の歯が三分の一ほどありません。
そこで顎義歯という、上顎の空洞をふさぐ義歯を使っています。
この義歯も最初に作ったものから数えて三代目となります。
義歯を入れていても左頬が凹んでいて顔が左右不対称です。
左目の下側に眼球を支える骨がないので、代わりにチタンのメッシュが入っています。
放射線治療の影響と思われる白内障の手術を2007年(左目)と2011年(右目)に受けました。

手術するまでの経過を簡単に書きますと:
前年の11月ごろから、風邪でもないのに鼻水が止まらず、近くの耳鼻科医院で鼻の洗浄などを続けておりましたが、一向に良くならず、12月になると左の頬が腫れぼったくなりました。
かかっていた耳鼻科医がレントゲン写真を撮って、不審な影があるので早めに大学病院で精密検査を受けるようにと、指示を受けました。
年が明けてから大学病院で検査を受けると、一刻も早く入院して治療するよう言われました。

毎年1月になると、3か月の入院と苦しかった闘病生活のことを思い出します。正直言って死にたいと思ったこともありました。なぜこういう病気になったのかを考えると、きっと天来の啓示として、病を以て「そういう心の態度と生活態度を改めろ」と警戒警報を下されたのでしょう。当時の私は家族と共に新任地へ転勤したばかりで、仕事内容も変わり、しかも前任地からずっと仕事が超ハードで、不健康な生活をしていました。入院中、なんで自分だけがこんな目に遭わねばならないのかと思いました。

私の場合、2年以内に75%の確率で再発すると執刀医から言われましたが、幸いにもその後再発せずに現在に至っています。

毎日、エネマシリンジを使って、お湯500ml に食塩小さじ1杯を溶かした生理食塩水で上顎洞や鼻を洗っています。鼻を洗わないで三日も放っておくと、義歯と上顎洞との隙間に粘液が固まってかさぶたのように硬い塊になって、そうなると指などではがしたときに粘膜から出血したりします。
そういうときには、食塩水でよくふやかしてから、指でそうっとかさぶたをはがすようにしています。

【ご登録時の状況】

日常生活では、食事後の義歯と上顎洞の洗浄に手間がかかっています。それを除けば再発、転移もなく、自分ではあまり不自由のない生活をしていると思っていますが、不自由なりに慣れてしまったのかもしれません。
手術以来24年を経過する間に、手術で切除した上顎の歯に隣り合っていた健康な歯が順に3本抜けました。義歯はその都度作り直しました。

【思うこと、考えること】

執刀医をはじめ医療者の皆さんのおかげで、今まで生き延びることができました。
それに加えて家族の精神的な支えと励ましがあったからこそ快復できたのだと、今では思っています。

がんになって心が折れ、落ち込んでいても、外科医は心までは助けてくれません。
こういう患者と家族のコミュニティーで情報を交換したり、精神腫瘍科医が書いた本で、心を癒すことも治癒に大いに役立つと思います。
私が入院治療していた当時は、四半世紀も前で、ネットも普及しておらず、がん患者への心の支えになるような本もごくわずかしかなくて心細い思いをしました。 

2023年から私自身のブログ「上顎がんから20年以上経ての雑感」に最近の経過など書いておりますので、もしよろしければご覧になってください。(ただしブログの「1.はじめまして」は上記の自己紹介の文と重複します、申し訳ありません)

【その他】

[趣味・特技] 読書

[既婚/未婚] 既婚

[好きな動物] 犬

[ブログ] https://jougakushu.blogspot.com/

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上顎洞がん


患者さんとの関係

本人


リハビリ・復帰歴

2001年03月:開口訓練

【関連のエピソード】
手術後、口から食事できないので鼻から胃へ通したチューブで栄養剤を流していました。主治医からは手術の傷が治るまで口をあまり動かさないようにと言われていました。1週間もすると今度は口が開かなくなり(リンゴの薄切りすら通すのがやっと)、アイスキャンディーに使う薄板を通す練習から始めて、少しずつ枚数を増やして、そのうち開口器という器具を使って口を押し開ける訓練をしました。これは涙が出るほど痛かったです。と言ってやらなければ口から食べられないし、義歯を作るための型も取れないし、情けなくなりました。退院後もこの開口器を使った訓練は続けましたが、元のように口を開けられるまでには1年以上かかったように記憶しています。


治療を受けた病院

宮崎医科大学附属病院


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