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takaco

治療終了のメンバー

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【自己紹介】

2016年10月に子宮体癌の診断を受けました。シングルマザーとして子育てと仕事に夢中だった20年。私自身が10代の頃、42歳だった母親を癌で亡くしていたので、まだ学生の娘のこの先を思い辛かったです。
その後の経過を経て、母が思い残したことを考えられるようになったことが、私の立ち直りの原点です。
娘や亡くした母も含めて家族の存在の大きさ、力強さを病気を通して感じています。たとえ家族がいない環境だったとしても、大切にしていることがあれば乗り越えていける、だからこそ自分の人生を大切しなければいけないと思いました。
〈2019.2追記〉
「病気にはなったけれど病人にはならないこと。周囲と私とが少しでも多く笑顔で日々を送れること」
これからはそんな生き方をしていきたいです。
5yearsの友人から教えて頂いた、心の奥の大切な錘です。

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子宮体がん(子宮内膜がん) (ステージⅢc2 類内膜腺癌グレード1)

この病気のエピソード
職場の癌検診もクリアしていたので、出血が続くのは生理不順だと思っていました。いつもクールなクリニックの女性医師が内診室の向こうで狼狽しているのを感じて不安でいっぱいになりました。「このまま放置するのが一番いけないことなんだよ」と私を諭して「大丈夫?一人で帰れる?」と気遣って下さいました。先生の思いやりや優しさに感謝しています。

病歴・治療歴

2016年10月:生理不順だと思っていた出血が止まらなくなり、近所の婦人科クリニックで 受診。大学病院に紹介を受け癌の診断を受けました。

2016年11月:たくさんの検査や病気や治療方針の説明、何も理解できないままに入院に至りました。

2016年11月:手術は9時間にも及びましたが経過がよく、術後2週間で退院。2か月後の仕事復帰を目指してすぐ抗ガン剤治療を始めることにしました。

2016年12月:抗ガン剤治療開始。6回の予定。

2017年01月:予定通り職場復帰。3週おきの抗ガン剤治療は治療日と翌日休みをとっていましたが、3回目からは当日だけの休みにしました。

2017年05月:骨髄抑制等の副作用が強く、抗ガン剤治療は5回で終了。月に一回の定期受診を継続中。手術直後から始まったホットフラッシュ、関節の痛みといった症状に継続して悩まされています。

2018年07月:猛暑とホットフラッシュでたびたび脱水症状を繰返して動けなくなりました。 乳癌のリスクがあるものの、ホルモン補充療法を始めました。ホットフラッシュは驚くほど改善されています 。

2018年09月:不眠等の不調で気力も体力も低下。術後2ヶ月で仕事復帰してから1年9ヵ月、無理もあったかもしれません。仕事は続けながらもメンタル面では充電中。心療内科でのカウンセリングを受け始めました。

2018年11月:心身の辛さなどを周囲に正直に伝えようと 思えるようになりました。ここしばらくの不調は 、いつも状況や相手を最優先に我慢していた姿勢を考え直すチャンスとなりました。

2018年12月:クリスマス会に参加。一番思い出に残る会となりました。皆さんの笑顔に力を頂いて、術後2年間、腫瘍マーカーは異常なく維持できています。

2019年03月:術後2年4ヶ月、定期受診は2ヶ月に1度になりました。

2019年05月:接骨院に通い続けて1年。肩の痛みは回復し両手の関節もほぼ日常生活に支障無い状態になりました。腫瘍マーカーも安定し来月以降は3ヶ月に1度の定期フォローとなります。

2019年06月:代替療法を始めました。治療の副作用以外にも様々な効果が出ています。 発症以前とは別人のように、いろんな意欲が出てきました。病気で回り道した分元気に幸せになりたい。

【関連のエピソード】
※手術後、腹膜播種、傍大動脈リンパ節に腫瘍は残ったまま、摘出したリンパ節42個中7個に悪性腫瘍があると説明を受けました。この先どんな状況が続くのかと途方にくれる思いでした。それでも腺癌G1だったのは、その先の経過の良さに結びついていると思います。 ※最初の抗ガン剤治療から腫瘍マーカーが下がり、以降維持しています。 ※2019年3月から定期受診は2ヶ月に1度、6月からは3ヶ月に1度になりました。周りの方々の応援や理解に感謝すると共に、嘆かず淡々と治療に向き合えた自分を誉めてあげようと思いました。


リハビリ・復帰歴

2017年01月:術後2ヶ月、抗ガン剤治療の2回目寸前で職場復帰。時短勤務のはずが我慢できずに復帰4日後にはフルタイム勤務していました…無謀でしたが、仕事への執着は気力体力復活の大きな原動力となりました。お勧めはできませんが(^-^;

2017年07月:仕事復帰後半年経過。発病前に目指していた職種の就活を再開。

2017年09月:新しい職場で仕事を開始しました。

2019年01月:マギーズ東京を訪問。昨年来の不調を「よくわからない喪失感があるんです」と話すと「それは喪失感じゃなくて次のステップに進んたんじゃないの?治療前や直後とは立っている場所が違うのよ」。治療や社会復帰に夢中だったこの2年あまり。落ち着いている今を違和感のように錯覚していたのかもしれません。自信を持とうと思いました。

2019年02月:原発の腫瘍は最初の治療から異常なしを維持。「治療終了のメンバー」としました。社会人1年生の娘を応援しながら、元気に仕事を続けられるよう自己管理に努めます。新しいチャレンジも開始しました。

2019年05月:マギーズ東京で憧れの秋山正子さんとお話できました。今後は「治療を1度終えた人向けのプログラム」に参加する予定です。しっかり学んでこれからの自分や支援していく方に繋げたいです。

【関連のエピソード】
職場の上司が同じ病気の経験者だったことは大きな支えでした。入院前から的確な助言を頂き、私の復帰後の無謀な仕事ぶりに対して、柔らかなストッパーでもありました。私の気持ちを理解して転職を後押ししてくださったことが忘れられません。 (2019.2追記) ※現在の職場で同僚女性5人のうち癌サバイバーは私を含めて3人!たくさんフォローを受けている分、できる時にはしっかりやり遂げておくよう心がけています。病気を言い訳にはできません。皆も頑張っているから。治療への理解だけでなく私自身のメンタルをブラッシュアップしてくれる心強い職場環境です。


病院に対する満足度

満足

【関連のエピソード】
入院中の病棟の看護師さん、診察の時一緒に主治医の話を聞いてくださる緩和ケアの看護師さん、皆心強い存在です。 中でも癌の診断を受けて間もない頃、診察室を出た私を小走りで追いかけてきて、「あのね、今は緩和ケアっていうのはね」と説明してくれた外来の若い看護師さん。主治医が何の説明もなく緩和ケアという言葉を使った瞬間、私の表情が変わったのを見逃さないでフォローしてくださいました。 いつもどんな場面でも患者に寄り添ってくれる対応をしていただいています。


子宮体がん(子宮内膜がん)